第1章「A Day of spring」

....#31 セシル、ミストへ


一人残されたメアリは、妹が消えた方角を途方に暮れたように眺めていた。


あたりはすっかり日も落ち、帰りたくても来た道はすでに暗闇の中である。ただ、ミストの方角だけは砲撃による炎が夜空を照らしていた。


(怪我なんか、してないわよね……?)


メアリは途方に暮れていた。
自分もミストに行ってみるべきか。それとも一度引き返し、カインに助けを求めるべきか……。

背後の暗がりから唐突に聞き覚えのある声がしたのは、そんな風にメアリが悩んでいる瞬間のことだった。


「あれ?  メアリ?」


さくさくと草を踏み分ける音。
ぎょっとして振り返ると、立っていたのは黒い人影……それは、私服姿のセシルだった。


「セシルちゃん」


「どうしたの……こんなとこで? ピクニック?」


「……っていうかセシルちゃん! あんたねえ、なんなのあの飛空艇は!」


呑気な物言いに拍子抜けしたメアリは、素っ頓狂な声でセシルを咎めた。セシルはメアリの怒鳴り声に首をすくめて謝る。


「ごめんごめん。僕もそれを調べに来たんだよ。メアリはなんでここに?」


「私はローザと二人で遊びに来てたの。そしたらあの飛空艇がでてきたから……」


「ローザは?」


「それがね……見て来るって言ってミストに飛んでっちゃったのよ。だから私もどうしたらいいかわからなくて……」


「……ミストに?」


セシルの顔から一瞬笑いが消える。だが、不安そうな自分に気が付いたのか、すぐにわかったと言って微笑んだ。
ミストを背にしたセシルの姿を、炎の赤がぼんやりと浮かび上がらせる。

優しげなセシルに背後の風景が妙にちぐはぐで、メアリはなんとなく言葉を飲み込んだ。


セシルはメアリに先に帰るよう言って街の方へと姿を消した。こちらを向いて軽く手を振って、砲撃が一層激しくなった街へとためらわず向かってゆく。彼の後ろ姿は、なんとなく空恐ろしくさえあった。

やはり、セシルはもう軍人だ。
それも、戦争になれば真っ先に戦場へと出ていく。暗い帰り道をひとりで辿りながら、メアリは複雑な思いに足を止めた。


突然いなくなってしまうかもしれない人を好きでいるのはとても恐いこと。
養母マリアと同じ苦しみをローザには味わってほしくなかった。
セシルのことは嫌いじゃない。むしろとても気にかかる、大切な幼馴染みだ。けれど、昨日シドも言ったように、彼はあまりに危険に思えた。
美しく魅力的で、それにとても優しい。だけど。


セシルの目が、いっそ誰のことも見ていなければいいのにと思う。
楽しいはずだった恒例のピクニック。だが、高原の夜は寒い。


Home | Back | Next