第1章「A Day of spring」

....#27 休日出勤


「将軍閣下! どうかされましたか?」


顔を見せるはずのない総司令官が突然入ってきたので、司令室に居た数人の若い士官達は驚いて姿勢を正した。セシルが冷ややかな顔で部下達を見渡と、皆驚いて一斉に立ち上がる。


「……ガレス中佐は?」


「いえ……中佐は今……」


「さっき出たあの艦、僕の方では任務の話は聞いてないんだけど」


「も、申し訳ありません! ボルドウィン大佐が直接、許可は出ていると仰せであったので……」


「ボルドウィン大佐? どうして禁軍が飛空艇で出動することがあるのか」


「詳しくは存じませんが……陛下直々の任務であると申されておりました」


「誰が許可したのか知らないけど、出動許可を出して置いて、知りませんじゃ済まないよ」


「あれ、隊長どうしたんですか?」


状況を理解していない部下達の言葉に、セシルがいよいようんざりという表情を見せ始めたとき、何も知らないエイリが司令室に戻ってきた。気を許す年上の補佐役を、セシルはむっつり不機嫌そうに睨む。

「ガレス中佐、休日出勤だね。ご苦労様」


「隊長こそ……って、あれ、怒ってます? 何かありました?」


エイリは、すっかり機嫌を損ねたセシルの皮肉を笑顔でかわす。彼はセシルの扱いに慣れているのだ。しかし他の士官達はすっかり顔色を失っていた。


「ついさっき一隻出た鑑のことだけど、誰が許可した?」


「あ、あれですか。あれはボルドウィン大佐ですよ」


「それは、さっき聞いたよ」


「陛下からの任務だとかで、うちの人間をいくらか連れて行きました。大佐の話では、隊長に話は通ってるはずなんですけど……」


「……聞いてない」


「おかしいですねえ」


「冗談じゃないよ」


「全くです」


「……しらばっくれる気?」


「とんでもない」


「…………」


「……あ、わかった」


そこまで話して、セシルははたと気付いたように顔を上げ、それから再び呆れかえったように頭を押さえて深いため息をついた。エイリはきょとんとしてその様子を見つめる。


「何がです?」


「……あの人のことだから、僕に嫌がらせでもしたかったんでしょ」


「ええ、なんですかそれ」


「知らないよ。僕、特にボルドウィン大佐には嫌われているからね」


馬鹿馬鹿しいとでも言いたそうにセシルは明後日の方向を見て、他人事のように言う。
司令室の部下達に向けられていたたちの悪い冗談のような癇癪はすっかり消えてしまったようだ。


「ごめんごめん、みんな、ご苦労様。じゃ、僕ちょっとあの鑑を見に行ってくるから」


言いながら手をひらひらさせて出ていこうとするセシルを、エイリが慌てて呼び止める。


「隊長、必要ならそんなの私が行きますよ。だいたい、行き先もご存じないんじゃ……」


「ミストでしょ? 進路をみりゃわかるよ」


「あ……そうですけど」


「ジェネラルさんでしょお? エイリ行ってなんか言える?」


「う……」


子供じみた表情でそう言ったセシルに、エイリは情けない顔をして口ごもる。
セシルはそのまま出て行ってしまった。


近衛兵長ジェネラル・ボルドウィン大佐という人物は、エイリとは同期であるが、王の親族筋であるボルドウィン公爵家の長男で、禁軍の次期総司令と目されている人物である。
いかにも貴族らしい気質の持ち主で、同僚以下の者にとっては、プライドが高く扱い辛い人物として有名であった。


要するに、エイリにしても難癖をつけて睨まれたくは無い存在なのだ。


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