第1章「A Day of spring」

....#24 高原と赤い翼


やがて日もだいぶ高くなってくる。
ローザとメアリはずいぶん歩いたようで、ふりかえると遠くにバロンの街が広がっているのがよく見えた。山々は、すぐ目の前まで迫っている。


「気持ちいいね……でもおなかすいちゃった。ねぇ、お昼にしよ?」


歩きながらローザが言う。


「もうすこし、あの丘の上までのぼってからね」


メアリは前方に見える小高い丘を指さした。
低い草が揺れるその向こうになだらかな丘があった。丁度木陰になっていて昼食にはもってこいの場所である。


「はぁー 遠いよメアリ」


「何いってんのよ、歩くために来てるんでしょ、文句言わないの」


「うーん、お弁当なに?」


「サンドイッチ」


「はやく食べたい」


「だーめ、歩きなさい」 


真昼らしい陽気の中、冗談を言い合いながら二人が目指すその丘を見やった時、ふいに頭上に大きな影がよぎった。


「?」


はっとして見上げた二人の目には、青い空は目に入らない。


そのかわり、巨大な船が視界を塞いでいた。


「……」


白い船体に映える赤のライン。


……それは、バロン空軍だった。


「赤い翼……」


ローザはつぶやいた。


エンジンを動力としないその巨大な飛空艇は、低い所を飛んでいるにも関わらず、驚くほど静かだった。そのせいで、彼女らは背後に迫る機体に気づかなかったのである。


一隻の飛空艇は、白日の下にその優雅な艇体を晒している。
そしてまるでスローモーションのように二人の頭の上を過ぎ、前方の山の方へと去っていった。


後には、何事も無かったかのように、先ほどの平和な高原の風景があるばかりである。


こんなことは普通では考えられなかった。
滅多なことでは飛空艇など動かない。
戦争をしていた頃ならまだしも、バロンにはもう平和が訪れている。
そして、現在空軍の最高司令官は彼女らがよく知っているあのセシルなのだ。


(どうして? おととい任務がおわったばかりなのに……)


 ローザは飛空艇の去った後の空を見て思った。


「ねえ……あーゆーのってヘンよねメアリ」


「そうよねえ……たった一隻で、今頃何処へいくのかしら?」


風向きが変わる。
ごうという音と共に、生暖かい強い風が海の方からギアナ山脈へと一気に吹き抜ける。メアリの髪が一瞬宙を踊り、訝しげな彼女の表情を遮った。


「……セシルかな?」


その名を口にしたとたん、ローザの心が不安で曇る。


「どうかしら……?」


二人は不安げに先ほど飛空艇が去っていった方向を見た。ギアナ高地の、ここよりさらに奥の方を。


一体何のために?
何があるというのだろうか?


メアリは今しがた風が走っていった先……飛空艇が消えていった山の方を仰ぎ見る。
実際その方角には、小さな自治区が一つあるだけだった。国外へでるなら、険しい山地は避けて海沿いに回る方が効率が良い。


「ミスト……かしら……?」


メアリは首を傾げた。



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