第1章「A Day of spring」

....#20 休日の朝


久しぶりにゆっくりと睡眠を取ったセシルがやっと起き出したのは、日も高くなり始めた時分であった。休暇といっても別にどこかへ出かけようと思っているわけではなく、暇な時間は本でも読んで過ごそうと考えていた。

眠気の抜けない頭を醒まそうと、熱い飲み物を口にする。
覚めきらない頭を無理に起こし、さっと着替えて外に出た。


久しぶりに、後輩達の剣の稽古の相手でもしようと思ったのだ。
外は晴天で、春らしい陽気に包まれて気持ちが良い。まぶしい新緑の庭を、セシルは軽い足取りで軍部の方へ向かった。


剣術の練習場は陸軍の本部に隣接している。
今日も若い兵達が稽古に汗を流しているようで、蒼空に甲高い剣のぶつかる音が響いていた。

セシルはその音に、まるで何かの音楽でも聴いているように耳をすませ、それから若者達の方へと歩いていった。


「…………セシル様」


練習場にふらりと私服のセシルが現れたので、場内に居た陸軍の若い兵士達は目を丸くして驚いた。
セシルは、にこにこしながら皆の間を通り過ぎ、ずらりと並べてある練習用の剣を手に取ると、すっかり嬉しそうな様子で、同年代から少し年下までの兵達に軽く手を振った。


「続きをやろう、僕もまざるからさ」


陸軍時代からセシルの剣の腕前は、共に三度の戦争を戦ってきた陸軍最高司令官、バロン軍の重鎮であるベイガンをして天才と言わしめたといわれる。兵卒の若者達は、歓声をあげて我先にとセシルと剣を交えた。


セシルは、幼い頃から続けてきた剣の稽古が好きだった。
実戦と違う、ゲームのように剣と戯れる感覚が楽しいのだ。


だが、数十分も経つ頃には、まだ向かっていこうとする余力のある兵はおらず、どの者もぐったりと地面に座り込んでしまっていた。


「あれ? もうみんなおしまい? ……なっさけないなぁ」


剣の背でとんとんと肩を叩きながら、青空を背にしたセシルは苦笑して呟く。


伝統あるバロン陸軍であるが、実戦から離れて長い。兵士達の実力は低下しているようだった。物足りない様子のセシルに、拍手を贈りながら練習場に入ってきた人物があった。


「はっはっは、我が軍の若い者では遊び相手にもなりませぬか。さすがセシル殿、お小さい時を思い出しますな」


獅子のように落ち着いた佇まいの、引き締まった体躯の良い壮年の男性。
セシルの剣の師でもあるベイガン・アリスン、もう長く陸軍の総司令を務める男であった。


「ベイガンさん……」


昼間からこんな練習場でベイガンの姿を見るとは思わなかった。


「部下からあなたが此処に来ていると聞いて来てみたのです。久しぶりにあなたの剣を見たかったのだが、終わってしまっているとは残念無念」


ベイガンは声を出して笑った。


「どうですセシル殿、昔を懐かしんでこの老体と一度手合わせいただけませぬか?」


意外な申し出にセシルはもちろん、他の兵士達も驚いて顔を見合わせる。
セシルは、ちょっと真剣な顔になってベイガンを見た。


「八才の僕よりは、ちょっと手強いかもしれませんよ?」


「このベイガン、今も現役のつもりですぞ。受けて立ちましょう」



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