第1章「A Day of spring」

....#18 夜明け前、旧市街


翌朝、目を覚ましてみるとまだ辺りは薄暗かった。朝がまだ来ていない。


(またかよ……)


うんざりして目を閉じるが、もう霞ほども眠気は感じられなかった。
カインにとって眠りが浅いのはいつものことで、観念して床を出る。
冷たい空気に肩が冷えていたが、暖炉に火を入れるのも面倒に思え、上着を被って家を出た。


夜明けは嫌いでなかった。街道沿いの古い家々はまだどこも暗く、眠りの中にある町はとても静かだ。そっと深く息を吸うと、慣れ親しんだ街の、しんとした石のにおいがした。


街道をまっすぐ下っていくと、やがて海に出る。
とはいえ朝っぱらから一人でそんな遠くまで散歩に行く気分にもなれないので、坂道の途中の、海の見下ろせる小さな広場まで下って一息ついた。


何気なく手を入れた上着のポケットには、買ったことすら忘れていた煙草が入っていて、カインは少しだけ得をしたような気分で一本取り、火を付けた。


胸を満たす煙が、さらに彼を覚醒させていく。
カインは目を細めて遠くの海を眺めた。
淡い桜色のもやがかかった、朝焼けの手前の白んだ石畳。


今日はいい天気になりそうであった。


「大佐?」


突然声をかけられたときは、それが自分のことであることが分からなかった。煙草をくわえたままぼんやり振り向くと、そこには自転車を押した軍人の姿があった。


「ご無沙汰してます。ハイウインド大佐」


「あ……ああ、あんた、セシルの……」


大佐と呼ばれてぎくりとしたカインだったが、そこに立っていたのが知り合いであることに気づいて笑みをみせる。カインにとっては士官学校時代の先輩にあたる、セシルと仲の良かったエイリのことはよく覚えていた。


「僕のこと、お忘れですか」


エイリは人の良さそうな顔に人懐っこい笑いを浮かべて、急な坂道を押してきた自転車を脇に止めた。 容姿のせいで若く見えるが、彼はカインより年長である。


「もちろん覚えているさ、委員長には世話になったからな」


「はは、大佐はカデットの問題児でしたからね」


悪気のない口調でそう言ってカインの方へ歩み寄り、海を見やった。内海は山吹色の朝日を受けてさざなみを輝かせている。カインは、横に立つ青年が勤務服姿であることにやっと気づいた。


「そういや、第一師団のメンバーは休暇中じゃなかったのか?」


「ええ、でも僕は色々残している仕事もあるので、午前中は顔を出すことにしてるんです」


 士官候補生時代と少しも変わらない生真面目な返事に、カインは思わず苦笑する。


「相変わらずだなぁ。……セシルなんかにこき使われることはないのに」


「あはは、大佐くらいですよ。隊長のことそんな風に言うの」


エイリは人好きする穏やかな横顔で、遠く海を見つめていた。


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