第1章「A Day of spring」

....#16 長電話


「ご飯、まだなんでしょ?」


妹の帰宅を待っていたらしいメアリが、ドアベルに気づいて居間から出てくる。
セシルを見送った後ぼんやりと玄関をくぐったローザは、曖昧にうんと返事をした。


「もうすぐだから後で降りてらっしゃい」


「わかった」


ここで姉妹が二人で暮らすようになって、今年でもう六年になる。
近衛兵だった父クライヴは十五年前のクーデター騒ぎで殉死、もともと病弱だった母マリアはそれからだんだんと体を壊していった。今は療養の為にバロンを離れ、実家のあるファブールの山奥、フブリの山荘で暮らしている。


「そうだ、さっきマナちゃんから電話があったわよ?」


「あ、そうだった……」


「もうすぐ帰るって言っておいたから、またかかってくると思うんだけ……」


と、玄関口から電話のベルの音が響いてくる。


「あら、噂をすればマナちゃんじゃない?」


「うん」


慌てて受話器を取る。電話の向こうから聞こえてきたのは案の定マナの声だった。


『あ、ローザ?』


「うん、ごめんねマナ。今帰ってきたところで……」


答えながら受話器を肩に挟み、置いてあった電話機を持ち上げてちらりとメアリの方を見る。姉は、長電話せずに降りてきなさいよと口を動かして、苦笑いのままリビングの方へ行ってしまった。

電話は、わざわざ長電話の彼女のために用意されたかのような長いコードがつなげられていて、ローザはそれを引っ張り出し、そのまま電話機を抱えて器用に話をしながら二階へ上っていく。


『なに、それで今日はセシル様に会いに行ってきたの?』


「えへへ、そう」


答えながら線を挟まないようにドアを閉める。電話機を床に置き、そのまま座り込む。


『なんかさ、あんたが言うよりずっと仲良しじゃないのよ、セシル様と』


「えええ、そうかなぁ」


『そうよ、帰還当日に押しかけて許してもらえる関係ってことでしょ?』


「……それって、どういう関係?」


『は? 何よそれ』


「…………」


『なにニヤついてんのよ』


「見えないくせに」


『図星!』


「マナ!」


「まぁまぁ、怒らないでよね。良いじゃない、羨ましいわよほんと。しっかり仲良くしておきなさい」


「……うん」


『ねぇねぇ、で、さ、結局どうなの? ずっと好きなの?』


「へ?」


『…………あんたねぇ』


「だ、だだだだって……幼なじみだし」


『どういう理由よそれ、そんなの関係ないでしょ。それとも、好きじゃないの?』


「それは好きよ」


『ふぅん……』


「あ、でも、そういうんじゃない……と思う。うん」


『……セシル様ってさぁ、普段はどんな方なわけ?』


「優しいよ?」


『あとは?』


「あとは……うん、セシルは……奇麗で、賢くて、静かで……それからちょっと、たぶん、寂しそう」


『…………』


「…………私、変なこと言った?」


『別に、頑張りなさいよ。……あーあ、私も大佐とお話したいなぁ』


「カインなんかと話すのがそんなに楽しいの?」


『楽しいわよ。ほら、大佐ってわかりにくいけど……ああ、そういやこんなこと話そうと思ってたんじゃなかった。勉強、どうするの?』


「あ、そうだったね。マナ先生、是非是非お願い!」


『やっぱり心は変わらず、空軍なんだ』


「うん……」


『ふぅん……』


「…………無茶、かなぁ?」


『そりゃあ無茶よ』


「やっぱり……」


『でも、良いんじゃない? 目標は高ければ高いほど良いわよ』


「…………」


『こらこら、今から呑まれちゃってどうするのよ』


「うん、わかった。がんばる」


『明日とかは時間あるの?』


「明日は、ちょっと一日居ないんだ、明後日でもいい?」


『いいよ。じゃあ明後日、お昼過ぎに図書館』


「はーい」


受話器を置いてしばらくしてから、メアリが呼ぶ声に気が付いたローザは、慌てて着替えると下に降りていった。


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