第1章「A Day of spring」

....#10 妹の進路



「じゃ、行くか?」


「うん!」


ローザが立ち上がり、先に立って家を出ようとするカインの後を追う。慌ててメアリが声をかけた。

「遅くならないうちに帰ってくるのよ」


「はあい、分かってますよ」


跳ねるように玄関を出たローザが彼の車に乗ってくる。
ローザが助手席に座りドアを閉めたと同時にカインはエンジンをかけた。


「ふっふふー、楽しみだなっ!」


「わかりやすいヤツだなぁ、お前」


「え、そうかなあ?」


白い車は城への道を走り始める。
ローザはぐるぐると扉のハンドルを回して窓を開けた。

まもなく、新緑の香りのする風が車内に満ちる。
カインはがちゃがちゃとラジオのチューニングを合わせながらちらりとローザを見る。


「だいたい、なんでお前制服のままなの?」


「え……いや、だって、着替えてたら遅くなるでしょ」


「……着替えにそんな時間がかかるのか、お前?」


「悩んでたら時間がかかるってコト」


「まぁ、別に良いけどさ」


流れる景色を見ているローザの背中にカインは呟いた。
幼い後ろ姿に不似合いな士官学校の灰色の制服。この娘はこのまま軍人になるつもりなのだろうか。本当に?


「…………」


「なぁ、ローザ」


「なぁに?」


話しかけられて、嬉しそうに窓から身を乗り出していたローザは座り直して軽く返事を返す。


「お前さ、そろそろ所属を決める時期なんじゃないか?」


「え……うん、そうだよ」


「決めたのか?」


「え……えっと」


ローザは困った顔で言葉を探している様子だった。カインは気がつかないふりをして運転を続ける。

「あのね……」


彼女がなぜ士官学校へ進学したのか、カインは知っている。


「なんだ、まだ、決めてないのか?」


ローザは、十二の時セシルのために軍への道を選んだのだ。
彼女の心が変わっていないなら、進みたい道はただ一つ。


空軍のはずである。


「あ……うん。そう、まだ、決めてないんだ」


笑って誤魔化すローザを少し愛しく思う。
ローザにとっておそらくセシルは、この十年あまりで遠い存在になりすぎた。
そしてそれはたぶん、自分にとっても。

もう昔のように無邪気にセシルを助けるのだと言えないローザの気持ちが、カインにはよくわかった。

「無理するなよ、所属は、向いているところをちゃんと選べ」


カインは優しい口調で言った。


ローザには可哀想だが、もう、今のセシルのことは遠く憧れているくらいの方が良いのだ。
空軍は危険な任務が多い所だし、ローザが長いこと国を空ける彼を待ち続ける身になるのも嫌だった。

「……うん」


それから後は、たわいのない話で笑いながら、旧市街の入り口まで送ってローザと別れた。


手を振って嬉しそうに坂道を上っていく彼女の姿が小さくなってから、カインはふと思いついて電話を探した。


『……もしもし?』


ずいぶんコールが鳴ってから、セシルが出る。
ぼんやりした声、どうやら眠っていたらしい。


(……人の気も知らないで)


少し憎らしく思いながら、ローザがそちらに向かっていることを話す。


相づちを打ちながら聞いているセシルだが、どこか頼りない。


「セシル、おい、聞いてるのか?」


『え……あ、うん。ごめんカイン』


「だから、もうじき着くころだと思うから」


『着く?』


「まだ寝ぼけてるのか? ローザだよ。遊びに行くとさ。大喜びだったぞ」


『あ……そうだったね』


「遅くなる前に送れよ。メアリの奴が怒るから」


『うん……わかってるよ』


「…………じゃあな」


受話器を置いて、深くため息。
ローザももう子供ではあるまいし、セシルを信用していないわけではないはずだし……全く、自分でも嫌になる。



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