第1章「A Day of spring」

....#1 終業式の後



柔らかな日差しが窓から射し、教室の空気はざわめく生徒達の熱とあいまった曖昧な温度で、制服姿の若者達を包んでいた。

ここはバロン王立士官学校。
バロンの人々にカデットと呼ばれる、軍人としてエリートの道を約束された者達のための学舎である。
七年生の教室には、成人手前の若い男女が和やかに談笑していた。


今日はカデットの後期修了日なのだ。
士官候補生達は、明日から三ヶ月におよぶ長期休暇に入ることになる。忙しい毎日を送る彼らには、一年で最も楽しみにしている長い休みであった。


軽やかに挨拶を交わしながら生徒達がひとりまたひとりと教室から立ち去る中、頬杖をつき、何かの書類を睨んでいる少女がいた。明るい琥珀色の目を細め、眉間にしわを寄せてなにやら考え込んでいる。

「ローザ?」

「…………」

「ローザっ」

「…………」

「こらっ! ローザ!」

「は?」


友人が正面に立っていることにも気付いていない様子だった少女は、三度目の呼びかけでやっと顔を上げる。ローザと呼ばれたこの少女は、友人の顔を見てぎこちなく笑った。

「は? じゃ、ないわよ!」

「えへへ、ごめんマナ……」

「いくら眺めたって所属希望表は変わらないわよ」

「うーん……そうなんだけどさぁ……」

ローザは疲れたような表情で、あらためて手にした一枚の紙を見た。そこには来年度の卒業を予定する者向けの所属希望届けの……つまり、卒業した後にどの軍に所属したいか希望を出すための情報が記載されている。

休暇が終わった後に始まる新年度から、彼女らは八年生。いよいよ士官候補生を卒業する時期に差しかかっているのだった。

「マナは……やっぱり海軍なんだよね」

「うん。当たり前でしょ! ローザは陸軍? 病院?」

 マナは青い瞳をきらめかせて自信たっぷりに微笑むと、軽やかな口調でローザに問う。

「……できれば、空軍」

「なっ……空軍 本気で言ってんの?」

「……まぁ、わりと」

 友人の驚いた顔に、ローザは少し気弱そうに笑う。

「あんたねえ、士官で空軍は難しいわよ? そんなとこ行きたいんだったら地道に兵卒で入った方がマシよ?」

「言われなくてもわかってるわよぉ……」

 みるみるしょげかえるローザに、マナはそっと顔を寄せて小声で囁いた。

「気持ちはわかるわよ? あんたセシル様と知り合いなんだもんね」

「幼なじみ」

「はいはい、そうね。幼なじみ。……って、クラスの子たちに知れたら大変よ?」

「でも、幼なじみっていっても、もう半年も顔見てないんだよ」

「天下の空軍総司令官様よ、忙しいのは仕方ないじゃない。あんな方と知り合……幼なじみなんて、私だって羨ましいわよ」

「……セシル、きれーだもんね」

「きれーってあんた……ま、私は海軍にしか興味ないから良いんだけどね。遠くのセシル様よりも私の心配は、女が竜騎士隊に入れてもらえるかどうかよ」

「マナこそそれ本気だったの? あんなとこ出世しないよ?」

「いいのよ私、戦争をしたいわけじゃないし。歴史的にも興味深くない? 竜騎士って……」

その後も何か続けて話そうとしたマナであったが、
ふと目をやった時計の針が正午を指そうとしているのに気付き、慌てて立ち上がる。

「やだ、もうこんな時間よ」

「ほんと、話し込んじゃったね」

教室にはもう人影はまばらである。
マナとローザはお互い荷物を取り一緒に教室を出た。




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