「カインっ! 急いで急いで急いでーっ!」


地団駄を踏んで彼を急かすローザはもう涙声だ。わかってる、急かさなくてもあいつが死んだわけじゃないんだぞと自分でもよくわからないままに呟きつつ、厚着のローザにもう一枚自分のコートも羽織らせて家を出る。

街道を切り裂くような寒風が唸りをあげて駆け下り、黒々とした海はまさに嵐の中。
前線からセシルが帰ってきたのはそんな冬の夜のことだった。


ルビン・ハイムに迎えられ、静かな城の一室に雪まみれの二人が転がり込むと、セシルはゆっくりと目だけでこちらを見て、それから非難がましく傍らの老人を睨んだ。


「怒らんでくだされ。皆あなたのことをずっと心配していたのですぞ」


「…………」


細い体は全身包帯だらけで、点々と血の滲む様は痛々しいというよりもむしろ見ていて苦しい。彼は喋ることが出来ないのだろう、心配そうなローザの方を見て少し笑ったように思える。そしてすぐに重たげな瞼を閉じた。


「……セシル……」


堪えきれないローザのすすり泣きが、高い石の天井に吸い込まれるように消えてゆく。
肩を震わせるローザのもつれた長い髪。そして、窓を叩く北風。
小さなセシルを食べ損ねた怪物は、今も海の向こうで彼を待っているのだろうか。

恐い、というよりは、なぜか、置き去りにされたような寂しさがそこにあった。
たとえば、来ぬ汽車を待つ駅のような。


セシルは行ってしまったのだ。たぶん、自分の時刻よりずっとはやく。
今はその距離が途方もなく遠く思えた。



ローザがなかなか泣きやまなかったせいで帰りはすっかり遅くなってしまったが、雪も風もすっかり止んでいた。


「…………ね、カイン」


「…………なんだ」


「戦争が終わったら、セシルは帰ってくる?」


「そりゃ……」


「帰ってくるかな?」


さっきまではぐずぐずと涙を拭っている様子だったローザであったが、今は赤い目で思い詰めたように雪の街道を見つめていた。切れるような寒さにかじかんだ小さな手、でも、わかっているのだろう。
生きて戻っても、もうたぶん、セシルは帰らないのだと。

ふたりはただ立ちつくす。
凪いだ街道、けれど、二人の内を乱暴な風が吹く。セシルの去った線路の向こうから。






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