ハイウインド本家は、カインの家からは歩いて十五分もかからないところにある。古い街並みの残る旧市街においても特別に優雅で豪華な貴族の屋敷が建ち並ぶ界隈で、日暮れを過ぎた頃からは、着飾った男女がどこかのパーティへと出かけてゆくといった光景がよく目に付く。 時々夕飯くらい食べに来なさいという伯父アーサーの言葉に甘えて、昔から時々この家を訪れていた。とはいえ、みすぼらしい街着の自分がこの家の正面玄関に立つのはいつも何となく気が引ける。恐る恐る呼び鈴に手をかけようとした刹那、玄関ドアが勢いよく開いた。 「あらぁ!」 甲高い声をあげて飛び出してきたのは、この家の末娘ノルデ。どうやらどこかへ出かけようとしていたらしい着飾った従姉は、カインの顔を見るなり彼の腕を掴むと、有無を言わさず引きずるように屋敷に戻る。 「ちょ……あっ! 痛いって!」 「お姉さまぁ! カインが来たわよ!」 ハイウインド家には、結婚話に恵まれぬ年頃の娘が三人もいる。姉たちはみなカインのことがいたくお気に入りで、顔を合わせると決まって酷い目に遭わされるのだ。うるさいだけのノルデや十も年の離れたシャーリーンはまだ良い。一度オデットに捕まったときなんて、絵のモデルになれと何時間も奇妙なポーズをとらされて参ってしまった。
だが、今日はやはりこれから舞踏会があるのだという。カインを囲んでいつものようにお喋りをはじめた姉たちであったが、執事達に急かされて、しぶしぶ出かけて行く。
騒がしい姉たちの派手な後ろ姿を見送って、ため息混じりの苦笑い。 「おお、待っていたぞカイン」 「うん」
アーサーはいつもの通り自分の書斎で静かに何か書き物をしていて、カインが部屋を訪ねると、ペンを置いて眼鏡をかけ直した。 「あのさ、伯父さん……」 「気持ちは決まったか?」 「うん」 「そうか……で、どうする?」 「……春から俺、カデットの寮に入るから」 「…………」 明らかに、落胆の表情。今は自分の後見人である伯父からは、本家で暮らさないかと誘われていた。 「しかし、士官学校に通うにしても、ここから通っても良いだろう」 「心配しないで……アーサー伯父さん、ひとりでも大丈夫だよ」 「カイン……お前はまだ子供だ。無理をしなくても……」 「本家の人たちには、迷惑をかけるなって、親父言ってた」 「…………グレアムは……」
父の名を口にすると、伯父ははっと言葉をのんだ。本当をいえば父がそのようなことをカインに話したことは無い。本家に迷惑をかけたくないのは今のカインの気持ちだ。
父と同じ青い目をした、親愛なる伯父アーサー。苦労の多い半生を送ってきたであろう彼の厚意に、いつかは報いたいと思っていた。 とっぷりと暮れた帰り道、家々の窓から落ちる暖かい光を踏んで街道をゆく。のっぽの民家が多いせいで狭い夜空からは、三日月が彼を見つめていた。 |