出征の日が決まった。
セシルには王から少尉の階級ともうひとつ、名前が与えられた。


「ハーヴィ……?」


「ああ、そうだ。セシル・ハーヴィ、これからはそれがお前の正式な名前になる」


バロン王国陸軍第三師団第十五騎兵部隊所属、セシル・ハーヴィ少尉。孤児であるただのセシルに、はじめて与えられた地位と名前。着慣れぬ軍服に身を包んで、セシル・ハーヴィとなったセシルは午前の淡い光を背負った彼の主を見上げる。


「あ……ありがとうございます、陛下」


「私も嬉しいよ。セシル」


伝え聞くところによると、戦況は必ずしも明るいものではないらしい。赴いた先で命を落とすことになるのなら、この今が最後の別れになるのかも。


「ご期待に添えるよう努力します」


微かによぎる嫌な予感を、王に気取られるわけにはいかない。それに、自分の命が王の役に立つのなら、それは嬉しいこと。何の恩返しもできぬままここに居るよりもはるかにいい。


「ああ……生きて戻れ」


セシルの気持ちを知ってか知らずか、王は静かに微笑んで、部屋を後にするセシルを見送った。


「…………」


執務室を出てほっと息をつく。旅立ちを前に、今日は一日自由な時間があった。何気なく歩いて城を出ようとしたところで、門番の兵が自分に敬礼をする。一瞬の違和感。

ああ、そうだった。

ガラスに写る自分は軍人。子供の顔に、似合わない勤務服と黒いブーツ。明日は戦場へと旅立つ騎兵隊「栄光の剣」の一員。以前は王が気まぐれに拾い育てた孤児として、露骨に嫌な顔をする大人も少なくなかった。尤も、自分は陛下にさえ愛されていれば他はどうでもよかったので気にはならなかったのだが。


門を出てどんどん歩く。やがて森を抜け、海まで見下ろせる場所に出る。
眼下に広がる、僕と陛下が住む国。

窮屈な詰め襟に新しい自分を感じる。七年目にしてやっとバロン市民になれた気がした。







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