その日はとても良い天気で珍しく王にゆっくり時間があり、セシルは午後からの授業をキャンセルして中庭へと急いでいた。勉強ばかりしているセシルに、剣の稽古でもしてみたらどうだと、王から直々に剣術を指南してもらえることになったのだ。

彼はもう八才を迎えようとしていて、本来なら王立小学院へ通っているべき年頃であったが、四才から王子と共に城で学んでいた彼はすでに初等教育の大部分を終えていて、王も特に外の学校へやろうとはしなかった。

「陛下!」

「来たな」

王は軽装で、手にしたレイピアを掲げて合図した。元々武人気質のルクスフォードは、彼自身も時々そう口にするように、体を動かしている方が楽しげだ。笑顔の王にセシルも自然と心が弾む。

もっと笑って欲しくて、セシルは慣れない剣を懸命に振るった。

「セシル、筋が良いな」


慣れないセシルの頼りない剣を片手で受けながら王は言う。嬉しかったが、必死で夢中のセシルにはそれに答えている余裕はない。芝生を蹴って、もう一度打ち込む。

「もっと力を抜かないと、怪我をするぞ」

陛下が笑ってる。

「おお、良いぞセシル。そなたは何をやらせても器用だな」

そう。勉強だけじゃなくて、強くならなくては。
陛下のために。

「楽しいか? そうか、剣も師をつけてやろうな」


もっと期待に応えたい。
とうに息は上がっていたが、強くそう願ってもう一度剣を振り上げた瞬間、

「!?」


こえが聞こえた。


何を言っているのかは理解できなかったが、撫でるような優しい声だったように思う。あっという間もなく頭の中が真っ白になり、それからバチンと電源を落とすように意識が途切れた。

言葉であったかさえ疑わしい、不思議な声。



目が覚めた時、彼は指先さえ動かせない程に疲れきっていて、傍らに王が座っていることにも気づかないほど朦朧としていた。声をかけられて、はじめて王の方に目をやる。
セシルのこめかみを撫でる腕に包帯が巻かれている。こんな怪我、一体どうして?

もしかして、さっき僕が?

「大丈夫か? セシル」

「…………」

心配そうな声に、なぜか無性に悲しくなる。思わず溢れた涙を拭って、王は元気づけるように笑ってみせた。

「そなたには、特別な力があるのだな」


「……陛下?」

「心配しなくていい」

彼が聞いた声は、忘れていた幼い日の魔法。声が呼び覚ましたのは、眠っていたセシルの大きな力。

彼の運命を大きく変えることになる、ささやかな覚醒だった。







BACK | NEXT


Copyright (C) 1998-2003 cocolo coide & apricot corps.