「お前はくま、お前はきつねで、お前はぶた。わかったか!?」

「…………」

「…………」

「…………」

顔に似合わない豪華な衣装を身につけた貴族の子供達は、思わず息を呑んで顔を見合わせる。王子の隣で、セシルは思わず吹き出した。くまにきつねにぶたか。王子もなかなか見る目があるじゃないか。

「セシルはそうだな、まだ小さいから僕の弓持ちだ」

「はい、王子」

「いくぞっ! それ、動物はみんな逃げろぉ!」



デュアル=クライン・バロン、この国唯一の王位継承者であるこの王子の我が儘は、関係者の間では有名である。大人も困らせる傍若無人ぶりは、当然遊び相手をしに城にやってくる貴族たちにもいかんなく発揮されていた。

自分の前ではまるで世界の王のように振る舞うあの尊大な子供達が、王子の前ではくまだとかぶただとか、好きなことを言われてへらへら愛想笑いしているのが可笑しくて、週に一度のこの時間は好きだった。

「王子、あまりいじめてはみな遊んでくれなくなりますよ」

「ふん、それならばそれでもいい。セシルはどうなんだ?」

「僕は別に、王子は好きです」

「そうか。僕は別に全然好きじゃないぞ」

「あはは」

「なんで笑うんだよ。変な奴」

セシルはこの王子の扱いに慣れていた。なんだかんだいって毎日一緒に居るだけのことはある。それに、デュアルは王子というには少々いたずらが過ぎるが、あの貴族達とは違ってセシルを見下したりはしないので好きなのだ。もっとも、王子はセシルに注がれる王の寵愛に素直に嫉妬しているようで、散々八つ当たりされて困ってはいるのだが。

王子もくだらない悪戯や悪ふざけに血道を上げていないでちゃんと頭を使えば、たぶんとても利口なのになと思う。




「セシル! なんだよ今日は来ないのか?」

「はい。陛下に呼ばれているんです」

「ああもう、また父上か!」

僕にやきもちなんか焼かなくても、陛下はちゃんと王子を見てる。陛下は僕には甘くて王子にはちゃんと厳しいから、王子は勘違いをしているんだ。だけどこれはたぶん言わない方がいいだろうと思い、セシルは手を振って王子と別れた。デュアルが実はとても寂しがり屋であることはなんとなくわかる。つまり、母上が恋しいのだ。

「あとで僕も行きますから」

「ふん、信用できないぞ」

陛下がそのあたりをちゃんとわかって差し上げればいいのだけれど……でも、寂しいのはたぶん王子だけじゃない。




王が時折用は無いがと言ってセシルを呼びつけるときは大抵、本当に用事は何もない。好きな勉強のことや、日常のできごと……年端もゆかぬ自分との他愛ない会話を本当に王は喜んでいるのだろうか。自分はちゃんと必要にされている?

つまらない質問をしてあの穏やかな笑顔を曇らせるのは嫌だった。昼下がりにはよく日の差す王の寝室はいつもとても静かで、古いオークの椅子にゆったりと座る王の姿はいつも完璧な威厳に満ちていて優しく……そしてやっぱり少し寂しげだ。

陛下、大切な陛下。父のような兄のような、不思議な目で僕を見る陛下。だけど、父でも兄でもない陛下。

「絶対来るんだぞ! 命令だからなっ!」

「はい」

中庭からのまぶしい光に吸い込まれていくわがまま王子の後ろ姿を、セシルは笑顔で見送った。廊下の冷たい空気を胸一杯吸い込む。幸せを意識できる貴重な瞬間。




笑って
笑って







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